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© 2019 by Yuuji Hiromoto with New Raga Acoustic 

 

主催 広本雄次
制作 New Raga Acoustics

  • Yuuji Hiromoto

旅の音色017 藤原新也氏との初対面の日

1999年頃、タブラと写真の狭間で気持ちが揺れていた。

体感50度を上回る酷暑期のニューデリーの安宿で、愛用のカメラを盗まれた事をきっかけにその後は意識がタブラに集中するするようになり、同時に藤原新也氏へ向けていた憧れのような気持ちは、バラナシの伝説的なタブラ奏者へ移って行って(著書はフォローしていたが)あまり意識する事が少なくなっていった。


それから数年後の2003年頃、インドでのタブラの修行とベルリンでの演奏活動を一旦区切り日本に落ち着いた頃、藤原新也氏が審査員をしている【Epson color imaging contest】というのがあることを知った。



物は試しにとインドで撮りためた写真から約152枚を選んで、自宅のインクジェットプリンターでA4サイズにプリントし纏めたものに《愛しい(かなしい)バラナシ》というタイトルを付けて応募した。



それから数ヶ月後、EPSONから手紙が届いた。

胸の昂まりを抑えつつ開封するとそこには【入賞】と書いてあり、僕は思わず飛び上がり喜びを爆発させた。




数年前、藤原新也氏とお話しする機会があってそのコンテストの話になった。

氏が審査員になるまではEPSONの社員がある程度応募作品を選別してから審査員が残りを審査していたらしい。

応募総数は4~5万とかなりの量なのだが、氏が審査員になってからは大広間に全応募作品を広げさせ、その全てに目を通す事になったそう。

その最初の年、その中に僕の写真も入っていて氏の目にとまったのだ。

有楽町の東京国際フォーラムで受賞作品の作品展が開かれた。

初日に授賞式があり、その後懇親会になった。

そこには審査員の写真家森山大道氏、佐内正史氏と錚々たる顔ぶれがいて目の前を通り過ぎた。

そして藤原新也氏が目の前に現れたので思い切って話しかけた。

その時の会話は当時SNSに以下のような投稿をしている。


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「こういう現地モノはまず振り分けて外すんだけど、君のはよかったから残したよ。だいたいこういった旅物の写真を撮る人はね、『売れたいっ』『自分がっ』っていうのが全面に出ていてよくないんだよ。でも君の写真はそれが見えなくて自分がそこにいてとけ込んでいる感じがあったんだよ。長くそこにいたから自分を消す事が出来たのかもしれないね。」

自分の作品を憶えていてくれた事に驚き、喜んだ。それから少し間をおいて「しかしこういうのは上位にはいかないね、これからは日本を撮って頑張ってみたらどう?」


バラナシでタブラを習っていた事を話すと、少し「おっ」という顔をされて「タブラ?うーん、それが良かったのかもしれないね。写真以外になにかあるというのがうまく作用したのかもしれないね。で、ライブとかはやってるの?」と聞かれたので、「最近は古典よりも違う楽器とよく演奏しています。」と答えたら「そう、今度ライブがあったら呼んでよ。」と言われた。

この人は呼んだら本当に来るだろうなと思った。

目に嘘がない感じだった。

「で、タブラは上手いの?」と聞かれ「上手いかどうか分かりませんが、10年分です」と答えた。

「写真よりタブラの方が上手いの?」と聞かれ、なんと答えていいのか分からず答えに窮した。



横に妻がいるのを見て「インドは一緒にいってたの?」と聞かれて、「はい、彼女とはバラナシで出会いました」と答えると、「よくあるパターンだね」と笑顔になった。「でもねえ、僕がインドにいってた頃はそういう出会いなんか全くなかったよ、日本人なんて殆ど見ないし、会ったとしてもこう、お互い顔をかくしあったりなんかしてね。」

30年前の藤原さんの写真に写っているバラナシと、今のバラナシを見比べて全然変わっていないように思ったんですがと聞いた。

「建物なんかはそうだろうけど、人は変わったね。僕がいってたころは朝の沐浴風景がね、こう、ものすごいんだよ。沐浴している人の数も今とじゃ比べ物にならないくらいにね。」

「あのころは向こう岸に何もなくてね、まったくなんにもないから本当に美しかった。向こう側は不浄の地だというからね。でも色々と建っちゃたりするとね、、、パラソルなんかがあったりするともうだめだね。」


その後、少し話が途切れた時に妻がが突然「今日の表彰式を見ていて思ったんですが、写真をやっている人たちの着ている服の色が黒やグレーが多くて気になったんですけど。」と言った。

すると藤原さんは少し間をおいて「保護色だね」と言った。「動物なんかでいるでしょう、敵に気付かれないように周りの景色と一体化する。」

「写真家なんかもそう、写真をやっているものはなるべく人に気付かれない方がいいんだね、空気のような存在になるっていうのか、例えばあなたの目の前でカメラをこう構えて、シャッターを押しても気付かれないくらいになれれば本当はいいんだよ。でもその域に達するのは本当に難しいんだけどね。」

「赤いカメラなんてないでしょう」と僕の方を見て笑う。

「カメラもなるべく目立たないような色になってくるんだよ、自然とね。」


余り正確には覚えていないが大体こんな感じの会話だったと思う。藤原さんはまだまだ僕達の相手をしてくれそうだったけど、他にも話をしたい人がいるだろうと思い、お礼をいってその場を離れることにした。

別れる間際に藤原さんが何かを言おうと口が開くのが見えた。それと同時に僕が別れの挨拶をしてしまいそれを遮ってしまった。

藤原さんは何を言おうとしたのか聞きたかったけどもう遅かった。なんで焦って帰ろうとしたんだろう、、、


最後は後悔と達成感が入り交じった変な気分だったけど、やっぱりこのコンテストに応募してよかったと心から思った。結果が出た事でこれからの自分を鼓舞する事ができるようになったと思う。

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氏の「今度ライブがあったら呼んでよ。」と言う言葉がその後もずっと頭の片隅にあったのだけど、十数年の時を経て、まさか本当に実現するとは思ってもみなかった。


ちなみに今回のイベント【旅の音色】の開催場所SASAYA CAFEのオーナーの篠本氏は、以前広告代理店に勤められていた時にこのコンテストの担当をなさっていて、藤原新也氏を審査員に召喚された方だということをお聞きして、驚いたと同時にまだお会いしたことはないのだけど深いご縁を感じている。


篠本氏が藤原新也氏を召喚していなかったら今の僕の写真への想いはなかったかもしれないと思うと本当に感慨深い。

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