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​お問合せ yujihiromoto@gmail.com

© 2019 by Yuuji Hiromoto with New Raga Acoustic 

 

主催 広本雄次
制作 New Raga Acoustics

  • Yuuji Hiromoto

旅の音色 021 【バラナシのタブラ奏者 PANDIT ANOKHELAL MISHRA】

残りの全人生を費やしても追い付かない目標。

師匠から教わったフレーズのその殆どががこの伝説のタブラ奏者と同じもの。

師匠がレッスンの時に彼についてよく話してくれた。

数少ない音源の全てがバイブル。


現在、国民的なタブラ奏者として君臨しているUstad Zakir Hussainの前の世代のインドを代表するタブラ奏者だったそう。


彼は一切ごまかしのフレーズを使わず、すべての音がはっきりと力強く、バランスが素晴らしく、グルーヴ感に溢れている。

殆どのタブラ奏者はあるスピードを超えるとそれに似た簡単なフレーズに変えて叩くが、そういう妥協は一切なく、厳しい練習によってそれを高次元で表現してしまう。


ある日Ustad Amed Jean tirakwaと言う(こちらも伝説的なタブラ奏者)が主催したインドの凄腕タブラ奏者を集めたコンサートがあったらしい。

そこに呼ばれた彼は錚々たる面々の前で、Dha Dha tete Dha Dha tu naというバラナシのタブラ奏者が一番初めに習う基本的なフレーズとそのバリエーションを延々と叩き始め、最後まで叩き終わると、正面で聴いていたUstad Amed Jean tirakwaは感動して「もっとお前のタブラが聴きたい」と言うので、彼はその後更に素晴らしいソロを演奏して場内を沸かせたらしい。


Dhi ge Dhi na tirkit Dhi na Dha ge na Dhi ge Dhi na raというBantと呼ばれるフレーズがある。

バヤン(ベース音)をよく聴いてほしい。

安定したダヤン(右、高音側)に太くうねるようなバヤン(左、低音側)がバランスよく歌っている。

参考動画

https://www.youtube.com/watch?v=aeNluxomD4o



それからDha tirkittak dhere dhere kittakというrelaと呼ばれる難易度の高いフレーズのバリエーションでDha tirkittak dher dher kittak dhere dhere dhere dhere dhere dhere kittakとdhereを6回連続で叩くフレーズがあるが、これを彼のように速く重く安定した音で演奏するのは本当に至難の技。

参考動画

https://www.youtube.com/watch?v=VJpMLOt9OVo



映像付きだと更に強烈

https://www.youtube.com/watch?v=4OYGxC_ZHLI




ある日カルカッタのShubankar Benarjeeという凄腕タブラ奏者が日本をツアーで回っているとき、車で一緒になってこの音源を聴いていた事があり、このフレーズの部分で彼は僕のことを見て目を輝かせて「すごいよねこれ」と言ってこのフレーズの難しさについて語り出した事がある。

彼はその後宿に帰りタブラを猛練習し始めたと聞いた。


以下、以前バラナシのタブラ奏者が来日したときに共演したヨシダダイキチ氏がエピソードを纏めてくれた記事を転載します。


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キング・オブ・タブラと呼ばれた Pt.アノーケーラール・ミシュラの話。

バナーラスの音楽家の家系に生まれたPt.アノーケーラール・ミシュラは年少の頃、両親をなくし、非常に貧しい家で育ちました。


あまりの貧しさに、タブラが買えず、丸太を叩いて練習したほどでした。


5歳の時、バナラース流派の始祖Pt.ラーム・サハーエの流れをくむバイラヴ・プラサード・ミシュラに見出され、弟子入りします。


Pt.アノーケーラール・ミシュラは、生涯、ひたすら厳しい練習に打ち込み、娘の葬儀の間も練習し、足が腐る病気になっても練習しました。


特に有名なのは、”Na Dhin Dhin Na”というタブラの基本リズムを、トリックなしの指1本奏法で、神がかり的なスピードと明確さで演奏するというものです。

タブラ独奏のコンサートの冒頭でも、多くの聴衆から、”Na Dhin Dhin Na”をやってくれ!と声がかかるほどで、キング・オブ・Na Dhin Dhin Naとも呼ばれます。

しかし、本人にしてみれば、他の沢山のフレーズもしっかりと聴いてほしがっていたらしいです。


実際、低音のバヤンの太い歌いっぷりや彼が演奏した沢山のフレーズは、Ud.ザーキル・フセインをはじめ多くのタブラ奏者に影響を及ぼしています。

僕の(ヨシダダイキチ氏)シタールの師匠の師匠Ust.ヴィラーヤト・カーンとのスピード対決は有名な伝説で、2人はどちらも、トリックなしの指1本奏法で、とてつもないスピードに演奏を盛り上げていきますが、途中でUst.ヴィラーヤト・カーンのシタールの弦が切れます。

Ust.ヴィラーヤト・カーンは、弦を替えている間休むように言うと、Pt.アノーケーラール・ミシュラは「朝まででもこのまま続ける事ができるから気にするな」と言って観客を大いに沸かせました。


しかし晩年、厳し過ぎる練習でさらに足が腐り、コンサートでも足に包帯をきつく巻いて固定しなければ座れないほどでした。

貧しくタブラも買えず丸太で練習し、足が腐っても練習し、娘の葬儀の間も練習し、タブラの王とまで言われるまでになったPt.アノーケーラール・ミシュラは1958年、44歳の若さで亡くなりました。


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この”娘の葬儀の間もタブラを練習していた”というエピソードはインドでよく聞く話で、その中には娘よりタブラが大事だったというニュアンスをいつも感じるのだが、思うにそれはタブラの練習が日常となっている彼にとって、娘が亡くなったことへの悲しみを紛らわす唯一つの手段だったのではなかったのかと僕は想像している。


CDとして発表されているものや、出回っている音源はスピードが少し早められている。

以下の音源が一番オリジナルに近いと思う。

ちゃんとしたスピーカーかヘッドフォンで聞いてみてください。

「PANDIT ANOKHELAL MISHRA - Teen Taal - Tabla Solo」

https://www.youtube.com/watch?v=RMPbDWKSqTM



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